時を超え、幕末の歴史を伝える世田谷の「松陰神社」
No. 400
幕末の動乱期、倒幕運動の中心人物たちの才能を見出し、育んだことで知られる長州出身の思想家・吉田松陰(1830~1859年)。
NHK大河ドラマに登場したことも重なり、彼の名前と共にその思想がクローズアップされ、多くの人たちに共感を呼んでいます。
世田谷区若林にある「松陰神社」は吉田松陰を祀る神社。
ここはかつて長州藩主の別邸があった場所です。
松陰が「安政の大獄」で刑死した4年後の1863(文久3)年、死しても彼を慕う教え子たちによって小塚原の回向院にあった松陰の墓がこの場所に改葬されました。
神社の創建は明治時代の1882年。
現在の社殿は1927年から1928年にかけて造営されたものです。
早朝は地元の人たちのお散歩コースとしても人気があり、受験の季節を迎えると「学問の神様」といわれる吉田松陰にあやかり、多くの受験生も参拝に訪れます。
参道の途中では吉田松陰の像に出会えます。
境内にズラリと並ぶ26基の石灯籠は松陰の教えを受けた、伊藤博文や桂太郎など倒幕の志士たちの名前が刻まれています。
2024年の年明けで多くの人が参拝することもあり、お参りするルートや絵馬を書くコーナーが定められていました。
拝殿の右は吉田松陰が教育を行った山口県萩市にある「松下村塾」を復元したもの。
当時は身分によって教育の場を区別していましたが、松陰は身分に関係なく学識を深めたいと望む者には学舎の戸を開放していました。
簡素な建物は松陰の人なりを表しているようです。
門下生たちはそれほど広くはない座敷に座り、松陰の教えを受けていたのでしょう。
当時の日本は鎖国中で、幕府は各藩が外国と自由に貿易をして経済力を蓄えることを禁じ、武力を持たせないようにする政治を行なっていました。その政策に疑問を感じ、真っ先に倒幕論を掲げたのが吉田松陰でした。
鎖国で日本が海外と断絶している間、西洋は大きく進化。
日本の危機を感じた吉田松陰は25歳の時、西洋の実態を自ら確かめるため密航します。しかし、密航は失敗。
やがて、黒船来航によって日本の武力は西洋に及ばないことを知り、鎖国を解いて貿易を始めることで日本の経済を豊かにすることを目標に、尊王攘夷の志を固めた松陰は情熱をもって倒幕論を展開します。
復元された建築とはいえ、教えの場だった松下村塾を目にすると身が引き締まる思いでいっぱいです。
社務所から左側に進んだ奥まった吉田松陰やゆかりの人物が眠る墓域。
この鳥居は松下村塾の門下生である木戸孝允が寄進したものです。
参拝後、ランチタイムを楽しむなら、おすすめしたいのが松陰神社の正面にある「ビストロサイクル」。
店内は神社の鳥居や参道の様子を楽しむことができる絶好のロケーション。
ランチはオードブルとメインディッシュを選ぶスタイル。
この日、オードブルは自家製のパテ・ド・カンパーニュをチョイス。
ボリューム満点のパテ・ド・カンパーニュはどうしてこうも胃袋を幸せに満たしてくれるのでしょう!
パンかライスが選べるのですが、ライスは注文を受けて炊くので時間がかかるとのこと。
けれどお米の気分だったので、ライスを選ぶとなんとSTAUBで出てきました。
こういうの嬉しいですね。
メインは「国産牛の照り焼きチーズハンバーグ」。
口の中に広がる多幸感を誘う牛肉の旨みとソースがライスをすすませてくれます。
決してお安いとはいえないランチのお値段ですが、このクオリティならリピートありかも。+1000円でデザートとドリンクも付けられるので、ゆっくりランチできそうな時はこちらを選ぶのもよいでしょう。
松陰神社参拝の後にはぜひこちらでランチを楽しんではいかがでしょう。
<ご案内>
松陰神社
東京都世田谷区若林4-35-1.
03-3421-4834
https://www.shoinjinja.org/
ビストロサイクル
東京都世田谷区若林4-27-12 TKビル 1F
03-6805-2517
https://www.instagram.com/bistro_cycle
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